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都城・曽於

音楽雑感「パラダイス・カフェ」 2015.03月 映画「タイタニック」は、小学生に見せるべきか?

2011年4月から「SO-す」という鹿児島県曽於市の地域情報誌に、

現在も継続して不定期でコラムを書かせていただいております。

曽於市界隈の南日本新聞の販売所4箇所が合同で出されています。

以前書いた分を、このブログに転載しております。

 

 

映画「タイタニック」は、小学生に見せるべきか?

見せるべきじゃないないかと思います。大画面・大音響で見せるべきでしょう。私は、次女(6年生)と一緒に観ました。凄いスケールで、歴史の勉強にもなりますね!
次女のクラスで、担任の先生がみんなに聞いたそうです。映画「タイタニックを見たことのある人、手を上げて!」なんと手を上げたのが、うちの子だけだったそうです。なんか嬉しくなってしまいました(すみません!自画自賛で)
普通タイタニックの話をする場合は、時代背景とか沈没した原因とか、海に投げ出された人のほとんどが低体温症で20分ほどで亡くなったとかの話が中心になるわけですが、ここでは違う話になります。音楽がらみの話です。
イギリスから、自由の国アメリカへアイルランドの移民もたくさん乗ってたみたいですね。

2等船室のあるフロアで貧しい身なりの人達が、新天地アメリカへの希望を胸に、楽しそうに踊っていたのはアイルランドのケルト音楽でした。
そして、裕福な方々がお食事をする会場では、毎晩演奏をしていた7〜8人のバンドがいました。船が沈み始めてお客さんは、てんやわんやで避難しています。その間、彼らがお客さんの気持ちを少しでも和らげようと、自分たちも死の恐怖を感じながら甲板で演奏を続けていました。
バンド・マスターが最後にメンバーに言うセリフが涙を誘います。

「ありがとう。君たちと演奏できて幸せだった」
バンド・マスターは「ウォレス・ハートリー」ヴァイオリニストです。亡骸が発見された時、ヴァイオリンが体に結び付けられていたそうです。今でもそのヴァイオリンは、イギリスに現存しているそうです。そして、彼らのやったことを、私達に教えてくれています。
2200人程が乗っていたなかで、ボートに乗れて生き残った人は、700人程しかいないそうです。
その中に唯一の日本人乗船客であり、生存者の一人「細野正文」。

なんとあの伝説のバンド「はっぴいえんど」や、坂本龍一と組んで世界を席巻した「YMO」のメンバー、日本音楽シーンの重鎮「細野晴臣」さんのお祖父さんです。お祖父さんが、もし亡くなっていたら日本の音楽史は、かなり違ったものになってたわけです。

いや〜、この史実は、びっくりしました!
  
 

  • 2018.09.22 Saturday
  • 09:44

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